ロングインタビュー 肴は悪くない、人間が魚を悪くしている。常務取締役 新井吉守

活魚は、寿司や刺身という活きの良い食材を尊ぶ日本の食文化が産んだ輸送技術です。株式会社ひろは、活魚屋として、他社には無いユニークな創意工夫をしています。その工夫を、担当責任者の新井常務に聞きました。

一番のこだわりを教えてください。

「鮮度」です。

「鮮度」にこだわる理由を教えてください。

とれたての魚ほど美味いものはありません。漁港で食べる魚は絶品ですよね。我々の仕事は、魚を漁港から消費地へ活きたままお届けする仕事です。いかに漁港でとれた鮮度を維持してお届けできるか。それが、我々の使命だと考えています。

「鮮度」を維持するキーポイントを教えてください。

魚が海の中に居るときの環境を、可能な限り保つことです。魚は海の中の生き物です。人間の都合で海の中から出され、狭いところに押し込められ、遠い距離を移動させられます。普段と違う環境は魚にストレスを与え、体内に乳酸を発生させます。その乳酸が、魚の身を不味くしてしまうのです。

人間の都合」ではなく、「魚の都合」にどれだけ「人間が合わす」ことができるか。それが、魚を一番美味しい状態でお届けするポイントだと考えています。

魚にストレスを与えないためには何が大切ですか。

水と設備と人の意識です。どれだけ「魚の都合」に合わせた水と設備が用意出来るか、どれだけ「魚の都合」を考えた接し方ができるかが大切だと考えています。

水について教えてください。

水質が良い禁漁区域に立地しているので、きれいな海水が使えます。取水口は海底下6mにあり、石の中で濾過され雑菌も少ない海水を汲み上げています。地下海水は、夏は冷たく冬は暖かいので、魚が快適に過ごせる温度が保てます。

汲み上げた後は、珊瑚や活性炭、カキ殻で濾過し循環させています。濾過槽は、生け簀(いけす)2基に一基と他社に比べるとぜいたくに設置し、水質には万全を期しています。

さまざまな種類の設備をお持ちですが、その中心は何ですか。

生け簀です。われわれ活魚屋は、「生け簀屋」と呼ばれているぐらい、生け簀はとても大切なものです。生け簀は、我々の考え方を実現するため特別注文で制作しました。

特別注文までした生け簀へのこだわりを教えてください。

温度にこだわっています。

0.1度単位で温度管理できる機械を導入しています。この機械は、西日本で2台しかありません。魚は種類や産地により快適な海水の温度が微妙に違います。運ばれてきた産地に合わせて、細かく管理する必要があるのです。温度にこだわるのは、魚が快適に過ごせるための工夫です。

水の流れにこだわっています。

角を無くし、丸くしています。角があると、水の流れに渦ができてしまいスムーズに流れません。丸の形状は、海の中と同じ流れになるように研究しました。水流の強さは一番弱い魚、イワシ(鰯)に合わせています。一番弱い魚に合わせておくと、それより強い魚にも快適だからです。形を丸くするのは、魚に気持ちよく泳いでもらうための工夫です。

色にこだわっています。

色は、海面近くを泳ぐ魚用と、海底を泳ぐ魚用に分けています。青色と茶色の二種類あります。海面に近いと太陽の光が差し込み、海の色は青です。ハマチやアジなどスピードのある回遊魚は青色の生け簀に入れます。海底は土の色、茶色です。「底もの」と言われるヒラメやフグなどはこの色の生け簀に入れます。色を変えるのは、魚に安心してもらうための工夫です。

魚の量にこだわっています。

魚は、他社の半分の量しか生け簀に入れません。生け簀の水量に対する魚の量は、業界では10%が標準ですが、われわれは5%にしています。人間と同じで、狭いところに押込められるとストレスが溜まります。長年の研究で、魚が居心地良く過ごせる密度は、水量に対して5%という数値を発見しました。経営からすると、多くの魚を生け簀に入れた方が効率は良いのですが、ストレスを無くすために5%にこだわっています。量にこだわるのは、魚が落ち着いて過ごせるための工夫です。

他社の半分の量なのですか。それは経営にとっては大変な負担ではないですか

目の前の利益だけを考えるとその通りです。しかし、長い目で見ると必ず利益に繋がります。われわれは、お客さまと長い期間、継続したお取引を望んでいます。新しいお客さまを探すコストを考えると、その方が必ず利益は残ります。継続してお取引していただくには、鮮度の良い美味しい魚を安定して供給し続けること。つまり、お客さまの信頼を得ることが一番大切です。

魚を生け簀から活魚車に移すときは何が大切ですか。

生け簀から出したあと、一秒でも早く魚を水の中に戻すことです。

「一秒でも」とはすごいですね。それはなぜですか。

魚は海の中の生き物です。水の無いところに出されたら苦しいと思うのです。人が水に潜ると苦しくないですか、それと同じです。ストレスがかからないよう、少しでも苦しい思いはさせたくないのです。

そのための工夫を教えてください。

水槽の横に活魚車が横付けできるよう、建物を設計しました。横付けすると、最短距離で魚を運べます。また、床の高さを、活魚車の水槽入口の高さに合わせています。床の高さが同じだと、水平の移動だけですむので、時間が大きく短縮できます。また、高低差が無いので、魚を活魚車の水槽に静かに入れることができます。

魚をすくう網にも気を使っています。魚を傷つる網の結び目が無い無節網です。生け簀から活魚車の水槽までは、網を使って最短距離で魚を移動します。

床は、FRPで特別に作ってもらいました。

FRP製の床とは初耳です。なぜコンクリートではないのですか。

魚が飛び跳ねて床に落ちたとき、コンクリートの床だと衝撃が大きく、傷ついてしまいます。万が一魚が床に落ちた場合でも傷つかないよう、われわれはFRP製の床を特別注文で作ってもらいました。FRPは衝撃を吸収する柔らかさと、床が必要とする十分な強度を持ち合わせている素材なのです。

活魚車に移したあとはどうするのですか。

水を替えながら、魚が落ち着くまで3時間待ちます。

それはなぜですか。

そのまま車を走らせると、車の揺れが加わりさらにストレスが増加してしまうからです。
活魚車の水槽に魚を入れると、急に環境を変えられたため、落ち着かずむやみに泳ぎ回ります。魚が新しい環境に慣れて落ち着くまで、3時間はかかるのです。

活魚車は、魚をどのように運ぶのですか。

水が揺れないように気を使います。ゆっくり発進し、急ブレーキは絶対かけません。

お得意先へは、魚をどのように渡すのですか。

魚が快適に過ごせる環境にしてから渡します。到着すると、まず水槽の温度と水の汚れをチェックします。温度が適温でなかったら適温になるよう温度調整し、水が汚れている場合は水の入れ替えをします。運転手には、お客さまの水槽の管理ができるよう教育しています。

そこまでするのはなぜですか。

最終ユーザーの口に入るまで魚の鮮度を保ちたいからです。我々が、鮮度管理に気配りを怠らない姿勢をみせると、お得意先も魚を大切にしてくれます。最終ユーザーに「美味しい」と評価していただければ、お得意先は繁昌し、結果として我々に注文をいただけます。

鮮魚部門ではどのような工夫をしていますか。

店で調理する時間を逆算して魚を絞めます。鮮度を保つため「活け締め」という手法を用いています。

「活け締め」ではどのような工夫をしていますか。

脳死までの時間を可能な限り短縮しています。生け簀から作業台へは、一度に多くの魚を移した方が作業性は良いのですが、脳死させるまでに時間がかかり、魚が暴れているうちに余計なストレスが発生します。こまめに魚を移し、脳死させるまでの時間を一秒でも少なくしています。

その後の工程にはどのような工夫がありますか。

「血抜きのため延髄や尾の付け根を切る」「エアーを使い一瞬で神経を抜く」「そして氷水につけ熱を持った魚を冷やす」「血を抜く」という一連の作業が続きます。その作業を一秒でも短縮するため、作業台と氷水の入ったコンテナを横付けし、同じ高さにしています。同じ高さにするためのコンテナアームを独自で開発し、特別注文で制作しました。

とてもきめ細かな工夫を積み重ねていますね。なぜここまでしようと思ったのですか。

失敗を繰り返したくないからです。今まで多くの失敗をしてきました。お届けした魚をすべて死なせたり、お得意先から全量返品されたこともあります。その都度、同じ失敗を繰り返さぬよう、徹底的に原因を追及し対策を打ってきた積み重ねです。飛行機事故で、ボイスレコーダーを回収し、原因を徹底追及して対策を施すのと同じようにです。

海外からの輸入や輸出もしていますが、そこにも何か工夫があるのですか。

活魚専用コンテナを3年前に導入しました。日本では弊社しか保有していません。

なぜ御社しか保有していないのですか。

事故が多く、運用が難しいからです。活魚コンテナの水槽には、常にポンプで酸素を供給し続けなければなりません。ポンプを動かすには電源が必要ですが、船に載せたあと、電源に接続するかどうかは船任せです。船員が電源の接続を忘れ、魚が死滅するという事故が多発しています。

事故にはどのようにして対応をしていますか。

事故を防ぐ活魚コンテナを独自で開発しました。最もお得意先の信用を無くすのは、港に着いて、活魚コンテナを開けたら魚が死んでいることです。この活魚コンテナで、事故はほとんど無くなりました。事故が無くなったことにより、お得意先の信用は格別に高くなりました。

活魚コンテナでどのような商売をしていますか。

現在は韓国との輸出入です。例えば、韓国よりヒラメを輸入し、空いた活魚コンテナにイシダイを積んで韓国に輸出しています。

今後、活魚コンテナをどのように活用しますか。

香港やシンガポールまで活動範囲を広げます。我々は、日本の新鮮な魚をお届けし、アジアのみなさまにも日本で食べるのと同じレベルで、美味しく刺身や寿司を提供したいと考えています。

また、3国間貿易も計画しています。例えば、日本の魚をシンガポールへ届け、空いた活魚コンテナでシンガポールから韓国に届ける、というビジネスです。事故対応の優れた活魚コンテナだからこそ、安心して任せていただけると自負しております。

きめ細かい工夫を積み重ねることが、最もこだわる「鮮度」を維持することなのですね。最後に「人の意識」についてお聞かせください。

「人の意識」はとても重要です。我々の工夫はアナログです。それは、生き物に接する宿命だと思います。生き物の感覚を機械が感じることはできません。同じ生き物の人間だからこそ、微妙な違いや様子を察し、魚がストレスなく過ごせるように接することができます。

魚との接し方は、一度教えてもなかなか身に付くものではありません。何度も、何度も、現場で反復して教えることが「微妙な感覚」を身につける道です。

私は、魚が大好きです。魚のためであれば、あきらめずに何度でも何度でも伝えますよ。

社員の方々が、魚を「この子」と呼ばれるのは、そのような意識が徹底されているからなのですね。納得しました。
本日は貴重なお話を、ありがとうございました。

インタビュアー 中川淳一郎